「今は見守る時期ですね」
「お子さんの心のエネルギーが溜まるのを待ちましょう」
そう言われて、今日も一日、待って過ごした。
けれどふとした瞬間、不安に飲み込まれそうになりませんか。
「この見守り、いつまで続ければいいんだろう」と。
このページを開いたあなたは、これまでたくさん調べ、たくさん我慢して、お子さんのために手を尽くしてこられたのだと思います。その日々は、決して間違いではありません。
私も同じでした。わが子2人の不登校・五月雨登校を前に、「見守りましょう」という言葉を信じて2年間耐えました。それでも、消えない違和感があったのです。
「具体的に、家ではどう接したらいいの?」
「ただ待っているだけで、本当にこの子は未来に歩いていけるの?」
転機は、「自信のない見守り」を卒業したことでした。親がジタバタしなくて済む「前提(土台)」を作ってから、わが子たちは再登校し、今も毎日通い続けています。
この記事では、2年間の迷走の末にたどり着いた「本当の見守り」について、実体験をお話しします。
「いつまで見守ればいい?」終わりが見えない見守りへの不安感
不登校には、前兆期・混乱期・停滞期・回復期という4段階があると言われています。
わが子も辛い混乱期を越え、時に波はあるものの、家では落ち着いて過ごせるようになってきた頃。
好きなことをして過ごし、行きたいときだけ学校に行く──
そんな姿に危機感を覚えはじめました。
私は、子どもが不登校になってから、月1度のスクールカウンセリングに通いアドバイスをもらっていました。
「無理をさせず、お子さんのペースを尊重して見守りましょう」
「たまにはお母さんも子どもさんと一緒に休んじゃいましょう」
半信半疑でその言葉通りに過ごしました。
また、
「お母さんと一緒に散歩や買い物に出る習慣をつけるといいですよ」
「ゲームは1日2時間くらいまでがいいでしょう」
これらのアドバイスは現実には上手くいかず挫折し……
そんなことを繰り返しながら早2年が経っていました。
わずかな進歩も見られるものの、
重ねた歳月の分だけ、社会の流れとの差が広がり、置いていかれるような焦りを感じる日々。
「この先この子に“真の回復”は訪れるのだろうか?」
「中学生としてやっていける?受験は……?」
カウンセリングに通っても不安の気持ちを拭い去ることはできませんでした。
「今のお子さんじゃダメですか?」の問い
良かれと思った前向きな相談が、自分を責める刃に変わった瞬間でした。
月に1度、貴重なカウンセリングのあの日。
私はノートに
子供の生活の様子と質問したいこと
をまとめて挑みました。
「登校日数も増えてきましたが、苦手な授業は休みます。
いずれは社会で自立することを見据え、認知行動療法やエクスポージャーのような手法を使って、少しずつチャレンジさせたいと思っています。
完全復学の目標をいつに設定し、どんなステップを踏んで接していけばいいですか?」
そこで返ってきた言葉は、予想だにしない問いかけでした。
「今のお子さんじゃダメですか?」
瞬時に「あ、こんなこと考えちゃいけなかったのか」と頭を殴られたような衝撃が走りました。
「私は今のこの子を認めていない、エゴの強い親だったのかな……」
ノートの空欄は埋まることなく、重い足取りでカウンセリングルームを後にしました。
半分納得したような、でもスッキリしないような。
そしてまた、昨日と変わらない、同じような日々が続きました。
本当に子の成長を願う親心は、わが子を否定することになるのでしょうか?
正論でも「具体的な道のり」がない。家庭という修羅場で必要なのは「地図」だった
「お子さんを信じて待ちましょう」
「心のエネルギーが溜まれば、自ら動き出します」
確かにそうで、私自身その正しさを支えに、自分を奮い立たせてきました。
けれど、現実はどうだったでしょうか。
ノートに書き溜めた「家庭のリアル」は、正論だけでは到底太刀打ちできないことばかりでした。
- 朝、優しく声をかけても布団から出てこない。無理に起こすべき?
- 食事をしに来ない時の対応方法は?
- 散歩に誘って嫌だと言われたら?
- 子どもに任せっぱなしだと際限のないゲームやスマホ。
「自由にさせると良い」という説も見るけど本当?
制限しようとして親子関係が悪くならない? - 登校の準備をして玄関まで行ったけど、立ち止まったわが子。
背中を押す?それとも……?
家を安全基地にすること、早寝早起きや運動が望ましいことはわかっています。
しっかり「何が良くて何が悪いか」メモもして帰りました。
でも、思ったようには動かない。不測の事態もある。
嫌と言われれば、黙ってしまえば。泣かれてしまったら……。
いざそんな子どもの姿を目の前にすると、もうそれ以上どう踏み込めばいいのか分からない。
「具体的に、今、この瞬間に、見守るってどうしたらいいの?」
困りごとの度にネット検索で最適解を探し、先生と連携をとる。
メモを取りカウンセリングまで1ヶ月待つ。
しかし、困りごとは日々繰り返しやってきて改善の手応えがない。
なぜ手を尽くしてもうまくいかないのか……。
その原因は、
出口に辿り着くための「地図」を持っていなかったこと。
そして、地図の必要性を十分に認識していなかったことでした。
当時の私は、チェックポイント(家庭の安心感や生活リズム)だけを見て、何となくわかっている気になってしまっていたのです。
私が読み漁った、心理学や不登校関連の本と同じ「望ましい行動」を、カウンセリングでもアドバイスされていたので、自分の知識と答え合わせをし、方向性は間違いないと思い込んでいました。
でも、私が立っていた道は、もともと出口にはつながっていなかったのです──
土台がぐらぐらで、チェックポイントに辿り着くための「具体的プロセス」を知らないから、今いる場所を右往左往して進めない。
半信半疑で見守り歩んでいた日々は、ただ運任せに彷徨っていただけなのだと、今ならそう思えます。
「軸を決めれば、あとは見守るだけ」スダチで知った新しい視点
私は不安感と違和感が拭えず、不登校に関する情報収集を続けていました。
そんな「出口のない迷走」を終わらせてくれたのが、《復学支援スダチ》でした。
そこで私が手に入れたのは、断片的なアドバイス(チェックポイントの明示)ではなく、家庭を立て直すための「具体的な道のりを記した地図」でした。
民間支援のスダチに相談しようと決めた理由は
- 上の子が二度目の不登校に陥り、自力での根本解決が困難だと思い知ったから
- スダチの方針をLINEやYouTubeで確認し「他の支援機関とは違う」と感じたから
- 無料相談があり、まずはそれを利用して、わが家の状態を客観的に見てもらうとともに、解決の可能性と道筋の情報収集をしようと思ったから
でした。
相談の中で、五月雨登校を続けていた下の子の話になったとき、ある質問を投げかけられたのです。
「元気な五月雨登校の、今のお子さんのままでいいですか?」
その瞬間、全身に衝撃が走りました。
あの日、カウンセラーから言われた「今の娘さんじゃダメですか?」という言葉が、鮮やかに蘇ったからです。
同じような問いかけ。でも、意味は180度違いました。
以前の問いは「受容という名の殻を被った諦め」。
今回の問いは「この子の可能性を信じますか?」という希望の確認。
すでにスダチの資料や動画で理論に納得していた私は、今度は迷わず、自分の親心と向き合えました。
「いいえ、今のままじゃダメです。」
この子には素晴らしい力が眠っているはず。
親ができることがあるならやろう、と。
光が見えた瞬間でした。
親としての軸を持ち、家庭を本当の意味での安全基地にすること。
朝の起こし方、食事のルール、デジタル機器の使用制限の意図と設定方法。
いつ声をかけ、いつ沈黙を守るのか。
これほど体系的に、かつ、わが家の状況に合わせて具体的に教えてくれた所は、スダチの他にはありませんでした。
厳しい指導を覚悟していた私に、サポーターさんがかけてくれた言葉は、今でも忘れられません。
「家庭のルールさえ決めてしまえば、あとはスダチだって見守りなんです」
親として家庭の土台を築けば、「もう、ジタバタしなくて大丈夫です」というメッセージでした。
その言葉を聞いた瞬間、ふっと肩の力が抜けました。
私に足りなかったのは、
不安に耐え忍ぶ忍耐力ではなく、
「やるべきことはやっている」と胸を張って、自分と子どもを信じて待つこと。
そして、それを実現するための「前提(土台)」だったのです。
子から親に対する試し行動もあります。
でも親が軸を持ってどっしり構えていれば、子どもは本当の意味での安全基地を得ることができるのです。
それが2年間の暗闇から私を救い出してくれた答え、「本当の見守り」でした。
具体的な声かけの内容やルールの作り方は、各家庭に合わせてカスタマイズされてこそ生きるのでそのまま書き写すことはできません。
ただ、私自身に起きた一番大きな変化なら、お伝えできます。
それは、迷いを子どもの前で見せなくなったこと。
方針という土台が決まっているだけで、朝の声かけひとつ、食卓での一言ひとつに、迷わなくなったのです。
そして、一番驚いたのはその納得感でした。
なぜこのタイミングなのか、なぜこのルールなのか。
その根拠が明確だからこそ、私は自信を持って『見守る』ことができました。
不登校の出口へ向かう、3つの選択肢
ここまでわが家の体験をお話ししてきましたが、スダチの復学支援が、すべてのご家庭に合うとは思っていません。
不登校の出口へ向かう道は、大きく分けて3つあります。
- 家庭や公的支援だけでの解決を目指す
- フリースクールなどの居場所を探す
- スダチなど民間の復学支援に相談してみる
どの道を選ぶかは、親御さん次第です。
お子さんの状態も、ご家庭の事情も、一つとして同じものはないからです。
ただ、体系化された理論に触れて「こんな方法もあるんだな」と知っておくだけでも、今後の判断材料の一つになるのではないでしょうか。
だからこそ、まずは考え方に触れて、あなたの目で判断してほしいと思います。
まとめ:見守りとは「信じて待てる状態」を親が作ること
親の軸がぶれ、迷いながら行う見守りは「過保護・過干渉」と「前提が揃わない放置・諦め」を行ったり来たりし、結果、長期間親子で混乱し苦しみ、解決を遠ざけました。
今、わが子のことを考えて真剣に向き合おうとしているからこそ悩んでいる親御さん。
あなたに
- 「こう対応すれば大丈夫」という
ゴールへの具体的道筋が記された地図を見せてくれる - 「こういう在り方でいれば大丈夫」という
揺るぎない親としての軸を授けてくれる - 納得できる「根拠」と「本当の見守り」を
セットで教えてくれる
そんな頼れる場所はありますか。
私にとってのそれは《復学支援スダチ》でした。
2年以上迷い続けた経験と、
スダチのサポートを受けて1ヶ月足らずで再登校を果たした経験。
どちらも経験した今、振り返ってみるとはっきりとわかります。
「こんな見守りの生活を続けていて良いのかな…」と違和感を抱いているなら、その感覚は正しいです。
かつての私のように「いつまで待てばいいの?」と感じている違和感は、未来を変えるための大切なサインです。
今わが子たちは、学校社会の荒波の中で時に落ち込みながらも、多くの日は笑って、たくましく登校し続けています。
この毎日は、もう1年半以上続いています。
小中学校の卒業を心底名残惜しみながら、新しい環境にも適応しようと歩みを進めています。
そんな姿を目の当たりにして
「あの時、思い切って民間支援に頼り、『真の見守りの形』を知って本当に良かった」
と、心からそう思います。
着実な一歩を、今日から。
不登校初期に知りたかったこと▼
わが家が再登校という結果にたどり着くまでに、何をやめ、何を選んだのか。
その考え方の核心は以下の記事にまとめています▼
わが子が毎日安定して登校できるようになったのは、スダチの指導を通して「親が変われば、子が変わる」という本質を学んだからです。
2年間の迷走を終わらせてくれた、具体的な体験レポートも併せて参考にしてみてください▼

あしだ ゆに|2児の母
当時、小・中学生だった子ども2人が、不登校・五月雨登校を合わせて2年以上経験。
スクールカウンセラーや公的機関では解決できず暗中模索していた時、《スダチ》に出会い、下の子は約2週間・上の子は約4週間で再登校を果たしました。
