不登校の初期対応|「学校に行きたくない」と言われたら?親がしてはいけない3つのこと

学校へ行きたくないと言われたら
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「学校に行きたくない」

その言葉を初めて聞いた時、私はこう言いました。
「わかった。でも、2日3日と休み続けるのはナシね。」

本人も小さく「わかってる…」と言っていました。

あのときの私は、これは成長の途中で起こる揺れなのだろうと、どこか楽観的に構えていました。

けれど、初期対応のわずかなズレが、その後2年以上にわたる不登校・五月雨登校につながるとは、想像もしていませんでした。

あらゆる機関に相談し、「今は見守る時期」と自分に言い聞かせたこともあります。

しかしそれでは、状況は大きく変わりませんでした。

この記事では、実際に子ども2人の不登校を経験し、再び安定して登校できるまでの道のりを歩いた親として、

・今振り返ってわかる、初期対応のズレ
・なぜ2年間、状況が動かなかったのか
・そこから抜け出すきっかけになった考え方

を、正直に書いています。

もし今、あの瞬間に立っているなら…。
私の実体験をもとに、遠回りしなくて済むかもしれない、不登校の初期対応についてお伝えできればと思います。

実は、私がこうした『初期対応の間違い』に気づき、迷走を止めることができたのは、ある民間支援(スダチ)に出会ったからでした。

「今の対応で良いのかな…」と思ったら、
まずは“わが家の状況”を、1,800人以上の解決実績があるプロの視点から客観的に知ることから始めると良いかもしれません。

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不登校初期のNG対応①正論や励ましで登校させようとすること

子どもから学校生活の不安を聞くようになり、宿題もこなせなくなってきて、登校しぶりが始まりました。

私は感情的にもならずできるだけ落ち着いて話そうとしました。

「完璧じゃなくて良い、あなたは十分頑張っている」
「失敗も成功のうち」
「大丈夫、きっと行けばなんとかなるよ」

しかし“広い視点で見ること”を教えても、励ましても響かない。

徐々に私にも焦りが出てきて

「お母さんも大変な時があったけど、乗り越えられたよ」
「先生は、“宿題ができていなくてもおいで”って言ってたよ」
「宿題をする・しないはあなたが決めることだし、そもそも大した問題じゃ無いよ」

と、さらに励ましたり、提案したり、厳しくしたり…言葉を重ね、登校を促しました。

将来困らないように、今できることを考えただけでした。

でも今振り返ると、あのときのあの子は「未来」の話を聞ける状態ではなかったのだと思います。

努力しなくちゃいけないことも、評価が下がることも、本人が一番わかっています。

わかっていることを改めて言われても、本人の消化が追いつかずフリーズしてしまいます。

大人が教える解決策は概ね正しい。
でも、追い詰めることもある。

励ましも悪くない。
でも、準備が整っていないと「圧」になる。

あの時必要だったのは、
解決策でも、励ましでもありませんでした。

「そう思うんだね」と受け止めて黙ること。

私は、受け止めた上で動かそうとしていたつもりでした。
でも、焦りから十分に受容できていなかったのです。
これが最初のズレだったのだと思います。

そして、子ども自らの力で本当の回復をつかみ取るには、それだけでは足りないものもありました。

不登校初期のNG対応② 快適な環境を整えすぎること

学校を連続して休むようになった頃、私はできるだけ穏やかに過ごそうとしました。

テレビの教育番組を見るのはOK。
学校の時間外のゲームも少しならいい。
一緒に工作をしたり、家でできる勉強を手伝ったりもしました。

「無理をさせないことが大事」
「安心できる家で過ごせば、きっと元気が戻る」

そう思っていたからです。

イライラをぶつけないように気をつけました。
普段通りに接し、責めるような言葉は避けました。

今振り返っても、あのときの私は精一杯だったと思います。

でも、再登校を果たした今になって気づいたことがあります。

“学校に行かなくても、一日が問題なく過ぎていく環境”を、私は整えてしまっていたのです。

もちろん、安心できる場所は必要です。
気持ちが落ち着く時間も大切です。

けれど、家があまりにも快適になりすぎると、「学校に戻る理由」が見えにくくなってしまうことがある。

私は子どもを受け入れているつもりでした。
でも実際には、“困らない環境”を先回りして作っていたのです。

本当は、少しの「余白」が必要だったのかもしれません。

退屈な時間。
どう過ごそうかと自分で考える時間。
何かを選び取る時間。

親が埋めてしまうと、子どもは考える機会を失ってしまう。
受容」と、「快適にすること」は同じではありませんでした

“再登校に焦点を当てた支援”を行うスダチのサポートを受ける中で、『親が先回りして環境を整えることが、子どもの自立の芽を摘んでる』とはっきり指摘されました。
その時、「ああ、やっぱり……」と、後悔したのと同時に、スッと腑に落ちたのを覚えています。

私は子どもに“意義のある時間”を与えようとしていましたが、逆に、“子どもが自身と向き合うための余白”を奪ってしまっていた……
これが不登校初期対応、2つ目のズレでした。

「じゃあ、具体的にどうすればいいの?」
そこが見えないからこそ、悩んでいる親御さんが多いのが現実です。
私自身、その具体策を知ることで、2年間停滞した状況をようやく変えることができたのです。

不登校初期のNG対応③ 相談先や子どもの言葉を鵜呑みにすること

子どもは「休みたい」と言う。
親は「押してもダメ・引いてもダメ」という状況に陥り、対応に苦慮します。

そこで不登校について調べたり、支援機関に相談したりすると、たくさんの言葉に出会います。

「ありのままでいい」
「今は休む時期」
「その子のペースを大切に」

どれも優しくて、救われる言葉です。
私も何度も、その言葉に支えられました。

「焦らなくていいんだ」
「無理に動かさなくていいんだ」
そう思えると、少し楽になりました。

でも同時に、心の奥に小さな違和感もありました。

この子は本当に“休みたい”のだろうか。
この時間は、ただただ過ぎてしまっているだけではないだろうか。
社会に出るときに困らないだろうか。

そんな不安が浮かんでも、相談機関で「今は見守りましょう」と言われるたび、「受け入れることが大事」と自分に言い聞かせて、気持ちに蓋をしていました。

わかったような気になると、ほんの少し安心できます。
方向性が決まった気がするからです。
しかしそれでは、状況は大きくは変わりませんでした。
相談室を出れば、苦しみを抱えたまま呑気に振る舞う、ちぐはぐな子供の姿。

今振り返ると、私は子どもを受け入れているつもりで、解決へ向かおうとする歩みを止めてしまっていたのかもしれません。

子どもが「休みたい」と言うから。
支援機関で「心のエネルギーが溜まるまで」と言われたから。
そのまま休ませて見守る。

それが、いつの間にか「放置」や「諦め」にすり替わっていないか。
常に存在する親の心のざわめきは、静かに子どもにも伝わります。

「受け入れる」と「諦める」の境界線がわからず、フラフラと暗闇に迷い込んでしまう……私が陥った3つ目のズレでした。

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なぜ2年間、状況は動かなかったのか

私は、学校の先生、スクールカウンセラー、公的機関の相談員、医療の専門家などたくさんの人の言葉に何度も救われました。

しかし、先生との連携や、1ヶ月に一度の面談だけでは、日々起こる「家庭内の嵐」には対応しきれなかったのです。

先生は「学校に来させてください、後は何とかしますから!」と言い、カウンセラーは「見守りましょう」と言う。

「じゃあ、今この瞬間の荒れている子に、私はどう対応すればいいのか……」
親としての軸や、家庭内で日々巻き起こる事象への関わり方までは教えてもらえませんでした。

相談先によって意見が違い、そのたびに揺れ、その場その場で最善を尽くし、根本解決が叶わないまま、2年が過ぎました。

今振り返っても、外部に支援を求めたことや、各機関の助言が間違っていたとは思いません。
ただ、支援者それぞれに立場があり、見ている視点(前提)も、介入の深さも違っていました。
そして、いただいたアドバイスは部分的には正しかった。
だからこそ微妙なズレに気づかないまま、長い間迷い続けてしまったのだと思います。

支援機関での単発の相談ではヒントはもらえます。
でも、家庭の軸そのものを作ってくれるわけではありません。
子供の未来に責任を持ってくれるわけでもありません。
「専門家がこう言うから」という免罪符を得ても、最終的にどうしたいのかは親自身が考え続ける必要がありました。

私はモヤモヤとした気持ちを抱き続けていましたが、だからこそ、探し続けていました。
「私のこの違和感に、正面から答えてくれる場所はないのか」
そこでようやく辿り着いたのが、それまでの支援とは全くアプローチの違う《復学支援スダチ》でした。

スダチは明確な「親としての軸」を授けてくれ、家庭での関わりを、具体的・体系的に助言してくれたのです。

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まとめ:解決に導けた、たった一つの考え方

状況が動き始めたきっかけは、たった一つ、考え方が変わったからです。

それは、
「子どもをどうするか」ではなく、
「親である私がどうするか」を決めることでした。

それまでの私は、ずっと子どもの状態に合わせて一喜一憂し、振り回されていました。

元気そうなら安心し、落ち込めば不安になり、「行きたくない」と言われれば感情を抑えるのに必死になる……。

主導権は、常に子どもの言葉と状況にありました。

でもスダチに出会い、私はようやく気づかされたのです。
「子どもは成長途中だからこそ、激しく揺れる。だからこそ、大人が揺るぎない軸を持つ必要があるんだ」と。

  • 「今は見守る・休ませる」
  • 「別の居場所を探す」
  • 「再登校を目指す」

どの選択が正しいかは、ご家庭やタイミングによって違うかもしれません。
でも、どの道を選ぶにしても、親が「腹を決めているかどうか」で、子どもに与える影響は決定的に違ってきます。

私は、自分の本音と向き合いました。
本当はどうしたいのか。何を大切にしたいのか。どんな未来を望んでいるのか……。
きれいごとばかりではない、少し怖い未来も想像しました。

そして、
「私は、この子が社会とつながる力を取り戻す方向で動く」
と決めました。

決めた瞬間から、
迷いはゼロにはならなくても、軸はぶれなくなりました。

子どもに強く出るという意味ではありません。
無理やり動かすという意味でもありません。

ただ、家庭の中に一本の芯が通った感覚がありました。

親が覚悟を決めると、家庭の空気が変わります。
かける言葉が変わり、対応が変わります。

そして結果として、子ども自ら考えはじめ、自分自身の力で、閉塞感の殻を破ったのです。

不登校解決の鍵は、親が「これだ」と思える方針を見つけ、最後まで信じ抜くことだったのだと、今は確信しています。

もし今、「このままでいいのかな」と少しでも感じているなら。
どうか一度、立ち止まって考えてみてほしいのです。

不登校は、世の中に多く溢れる言葉の通り「解決しなくていいこと」なのか。
親であるあなたの向き合い方次第で、子どもに眠っている可能性を呼び覚ませるのではないか。

あなたのその一歩が、わが子の未来を変えるきっかけになるかもしれません。


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プロフィール画像

あしだ ゆに|2児の母
当時、小・中学生だった子ども2人が、不登校・五月雨登校を合わせて2年以上経験。
スクールカウンセラーや公的機関では解決できず暗中模索していた時、《スダチ》に出会い、下の子は約2週間・上の子は約4週間で再登校を果たしました。

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